目標を高く持つ
非常識と思えるほどの目標を掲げよ
イノベーションをもたらすために、経営者が実践しなくてはならないこと。
その一つ目が、「目標を高く持つ」ことです。
みなさんは「目標を高く持って」仕事をしていますか
ちょっと頑張れば到達できそうな目標のことを、高い目標とは言いません。
イノベーションが組織にもたらされるために必要な高い目標とは、「常識で考えたらまともとは思えない」くらいの高さの目標を言います。
例えば、ファーストリテイリングは、売上高が八十億円程度の時から、GAPを超えて、世界一のアパレル製造小売業になるという目標を持ちました。
海外のコンベンションで、私がそのような発言をすると、周囲がくすくすと失笑する。
それくらい誰もが本気で言っているとは思わないような目標です。
まだ、その目標は実現できていませんが、本気でその達成を目指してやってきたからこそ、ファーストリテイリングは、これまで数々のイノベーションを起こすことができ、今にいたっていると思います。
例えば、どのようなイノベーションがあったでしょうか。
フリースやヒートテックなどの商品はすぐに思いつくことの一つです。
しかし、それだけではありません。
郊外型で成功した企業が都心に店を出して商売をしている。
今では当たり前の風景です。
しかし、この今ではあたり前の商売の、日本のパイオニア的存在になったのはファーストリテイリングです。
原宿や新宿にお見せを構える、そう決めて実行しようとした時、社会の一般的な意見は「そんなの失敗する」「郊外型の企業が都心で通用するわけがない」というものでした。
しかし、世界一のアパレル製造小売業を目指す以上は、そうした挑戦を避けて通ることはできません。
暗中模索の中、思考錯誤を繰り返して実践をしてきました。
結果としてそうした商売を社員の力で成功させることができたわけですが、それ以降アパレルのみならず、家電販売店などの郊外型企業も、都心での商売にどんどん進出し、そのことを「誰もがあたり前のこと」と思うようになりました。
ほかにもあります。
改札口を通り抜けた駅構内で洋服が買える。
このような販売のあり方のイノベーションはファーストリテイリングが日本でリードしたと自負してもよいのではないでしょうか。
なぜそんなことができたのでしょうか。
やはり、高い目標を掲げたからだと思います。
非常識だと思えるくらいの高い目標を掲げると、それを実現するためには、いろいろなことを変革せざるをえなくなります。
「既存の延長線の発想ではこの目標は実現できないな」と思いいたるようになります。
既存の延長線の発想ではできないことに自ら追い込む
例えば、ファーストリテイリングは、これまでの歴史を振り返ってみると、思い切ったジャンプが会社に必要だというタイミングでは、現状の約三倍~五倍程度の売上高目標を長期目標として掲げることをしてきました。
売上高が百億円の時は三百億円を目指し、三百億円の時は一千億円を目指し、一千億円の時は三千億円を目指し、三千億円の時は一兆円というような感じです。
今は五兆円という目標を設定しています。
このことにどのような意味があるのでしょうか。
それは、既存の延長線の発想という思考の呪縛からの解放です。
例えば、一千億円の時に、1.1倍や1.2倍の目標でいいと考えたとしたら、そこから出てくるアイデアや取り組みは一千億円でやっていることの延長線の発想になります。
しかし、そのようなことは、おそらく他社も発想できますし、実行できます。
だとすると、同じような競争になり、結果として1.1倍、1.2倍という目標自体も達成できないリスクが高まります。
しかし、三倍の三千億円にしたいと思ったら、どうなるでしょうか。
明らかに発想の転換が必要になります。
例えば、知る人ぞ知るではなく、もはや日本人全員が認知しているようなブランドになっていないと、この数値目標は実現できないと考えることになります。
そうしたら、「郊外にいくら出店を重ねてもだめだな。日本のアパレルの地、東京の原宿くらいで大成功することが必要だな」という発想になっていきます。
あるいは、「輸入商品を並べているようではだめだな。それだったら、他の会社でも同じことができる」「そうではなくて、自分たちがブランドにならないといけない。だから商品構成を全部自社商品にして、しかも、品質にはうるさい日本人全員に満足していただけるような高いレベルの品質の商品にしないとだめだな」「そのためには、中国の協力工場のレベルを世界最高基準にあげないといけないな。それには、社員が日本の本部にいて中国に指示をするだけの取り組み方ではだめだな。日本の繊維産業で働いていた、素晴らしい技術を持った人たちに『匠』として技術指導に入り込んでもらって、本格的なパートナー関係を構築して、お互いに協力し合って技術を高めていくようなことをしないといけないな」などという取り組みのストーリーが発想として生まれてくるようになるわけです。
そうして、思い描いたことを実行に移す。
できる方法を探し、できるまで実行する。
その結果イノベーションが生まれ、そのイノベーションが顧客を創造し、掲げていた高い目標を実現させてくれるのです。
例えばこのことを商品で考えてみましょう。
「この商品を一千万枚買っていただけるようにする」。
そう目標を設定した瞬間、その実現にはさまざまなイノベーションが不随してくるはずです。
フリースは百万枚売れたことで満足せず、六百万枚、一千二百万枚と高い目標を設定してきました。
そして、実際に八百五十万枚、二千六百万枚売れました。
その結果、製造技術をはじめ、一つのアイテムを売るための広告や販売の仕方などのイノベーションも起きています。
例えば今、ユニクロのコマーシャルは、概して、お客様から評判がよいのですが、これも、高い目標を掲げ、それを実現するためには、お客様にどう伝えたらいいのかを真剣に考えた結果です。
それが企業ノウハウになり、その新しいノウハウが他の商品などに応用されていく。
そうやって未来につながる形で、イノベーションは活かされていっているわけです。
このことは、部門、職種を問わず、同じことです。
私が経営者として非常に大きな影響を受けた本「プロフェッショナルマネジャー」の著者の
ハロルド・ジェニー
さんは自身の経営者としての成功体験を振り返り、こう言っています。
「終わりから始めなさい!なぜならば、ゴールを設定すれば『成功するためにすべきこと』が明らかになるからだ」(『プロフェッショナルマネジャー・ノート』)と。
そう、経営はまずゴールとなる目標を設定するところから始めるのです。
そこからやるべきことが明確になるのです。
目標が高ければ高いほど、実現のためにやるべきことはイノベーティブなことになるはずです。
まさに、思い切った高い目標を掲げることは、イノベーションの母となり、顧客創造という子を産むのです。
白雪姫への挑戦が生み出したイノベーションという価値
みなさんは、テレビや映画で長編アニメを見ますか?
今は見なくても、子どもの頃見たり、あるいは自分の子どもたちが見たりしているのではないでしょうか。
長編アニメを見ることは、今では、日常の中のあたり前の光景です。
しかし、今では常識であるこのことを最初に実行した会社、つまり、このことを「常識」に変えてしまった会社はどこか知っていますか。
それはアメリカのウォルト・ディズニー社です。
ディズニーは、1934年、世界初の長編アニメを作るという高い目標を掲げ挑戦しました。
高い目標と言いましたが、むしろ非常識な目標と言った方が当時の状況にはピッタリです。
「そんな長時間のアニメーションなんか、誰が見るんだ」
これが世間の反応です。
しかし、ディズニーは、そんな風評などおかまいなしに、長編アニメの開発・製作に乗り出しました。
当時のディズニーの資産をなげうつくらいの投資だったそうです。
それを見て世間は、「ディズニーは気が狂った」「ディズニーはもうおしまいだ」などと言って批判したそうです。
そうした批判を尻目に、1937年に完成したのが「白雪姫」です。
結果はご存知のように、大ヒットです。
すでに完成後約八十年もたつのに、今でもDVDなどになって世界中で販売されています。
まさにディズニーはエンターテインメントの世界に「長編アニメという新しい商売」を創造したわけです。
これが、その後のディズニーにどれだけの顧客と利益をもたらしたかということ、そして、白雪姫を完成させたかということを想像してみてください。
やはり、高い目標を掲げ、それに挑戦する。
このことからイノベーションは起き、顧客は創造されるものだと、つくづく感じます。
経営者になるためのノート
柳井正 株式会社PHP研究所 2015
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