他人と親友しかいない人は、選ばれない。淡い交わりをする人が、選ばれる。
選ばれることは、結局、恋人や友達を選ぶのと同じです。
プレゼンで通るか通らないか、お客様と契約を結べるかどうか、上司のプロジェクトメンバーに選んでもらえるかどうか、企画が通るか通らないか、すべてにおいて、共通しているのです。
これから一緒にごはんを食べに行く時にさえ、選ばれる人、選ばれない人に分かれます。
選ばれない人は、人づきあいの距離感が悪いのです。
その人の発想は「ゼロ」か「100」かしかありません。
どちらかというと、相手が切っているというよりも、自分自身が人を振り分けています。
もちろん親友はいます。
「赤の他人」とまでは言いませんが、ほぼまったく知らない人もいます。
でも、それはごくひと握りです。
99%は、赤の他人でもなければ、親友でもない人です。
その間のグラデーションにいる人たちと淡い交わりのできる人が、選ばれます。
「他人」と「大親友」しかいない人は、選ばれないのです。
自分が選ばないで、その2つに振り分けてしまっているからです。
選ばれるか選ばれないかは、圧倒的な差ではありません。
実際は、わずかな差です。
選ぶ側からすると、2人は同店で並んでいます。
それでも、AさんではなくBさんを選びます。
選ぶ状況は、ほとんどがこれです。
能力の差は、ほぼありません。
たとえば、AさんとBさんが同じ失敗をしたときに、Bさんにだけリカバリーのチャンスが与えられます。
それは、AさんよりBさんのほうがレスポンスが速かったからです。
今から出かけるという時に、AさんとBさんが遅れます。
この時に、Aさんは許さなくて、Bさんは許されます。
Aさんはメールをしていて、Bさんはメールをしていませんでした。
同じミスをした時に、メールをすることの感じ悪さでAさんは損をしたのです。
実際、点数差があって選ばれたり選ばれなかったりすることよりも、同点で選ばれたり選ばれなかったりすることのほうが圧倒的に多いのです。
同点の時に差がつくのは、スマホを見ているか見ていないか、レスポンスが速いか遅いか、服装はどうしているかという、ごく小さなところです。
たとえば、空手選手権では実力が拮抗しています。
差がつくのは、試合の前にある瓦の試割りで割った枚数です。
人生において、すべての人の力量は同店です。
だからこそ、自分が選ばれなくて相手が選ばれることに不満を持ちます。
選ばれないのは、同点決勝のところで、知らず知らずのうちに損をしているからです。
フィギュアスケートや体操なら採点基準がわかっています。
仕事においては、採点基準は見えません。
見えない採点基準を、いかに見える化していくかです。
それを見抜くことを常に研究している人が選ばれるようになっていくのです。
選ばれる人、選ばれない人。1ミリの差が、決定的な差を生む。
中谷彰宏 ぱる出版 2016
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