自分に求められる役割がわかる人が、選ばれる
仕事は上司のゲームプランで戦います。
何がなんでもシュートを撃てばいいわけではありません。
上司の意図するストライカーは別にいます。
自分に求められているのは、アシストなのか、起点なのか、おとりなのか、シフェンスなのかを見きわめます。
なんのために自分がこの場に呼ばれているか考えるのです。
TVのトーク番組に呼ばれると、私はまず、メンバーを見ます。
お笑いの人とアイドルの組み合わせの時は、私に求められているのは「文化人」という位置づけです。
登場人物全員が文化人の場合は、私に求められているのは「笑い」です。
ほかの人たちに笑いをとる余裕がない時は、自分が笑いをとって、ちゃんと番組をまわしていく役になります。
同じ選手でも、その時のフォーメーションの中で求められる役割は変わるのです、
自分のしたいことを先行させると、自分の役割を取り違えます。
上司のゲームプランも壊れます。
「おとりになってくれと言っているのに、何勝手なことをしているんだ」
「ストライカーはもういるのに、かぶっている」
と言われるのです。
そういう人は、次からは呼ばれません。
選ばれない人は、頑張っているし、一生懸命です。
頭はそこそこいいのに、プランや役割を見抜くことが苦手です。
選ばれるか選ばれないかは、たった1ミリの差です。
だから、なおさら頑張って、「こんなに頑張っているのに、なぜ選ばれないのか」
というストレスがたまっていくのです。
選ばれる人、選ばれない人。 1ミリの差が、決定的な差を生む
中谷彰宏 ぱる出版 2016
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