「心理的柔軟性」が困難を乗り越えるチームに変える
「それ、おかしくないですか?」
「私はこうした方がいいと思います。なぜかと言うと・・・・・」
「ちょっとわからないので、教えてもらえませんか」
このように率直に意見を言い、また質問をする。
それだけのことですが、これがチームの成果を左右するくらい、実は重要なことです。
本書がテーマにしている「心理的安全性」とは、このように組織やチーム全体の成果に向けた、率直な意見、素朴な質問、そして違和感の指摘が、いつでも、誰もが気兼ねなく言えることです。
一見すると普通のことですが、組織・チームでこれを行うのはとても難しいのです。
ただ率直に発言することの、何が難しいのでしょうか?
自分が上位役職者で、実績も経験も十分で、直近の業績が良ければ、率直に意見を言うことは、簡単なことです。
しかし、仕事人生を振り返ってみてください。
新人の頃、何となく違和感があったけれど「相手はベテランの先輩だから・・・・・」と指摘できず、後で大きなトラブルになりかけて、「やっぱり自分の違和感は正しかった」と感じたことはなかったでしょうか。
上司の指示がよくわからず、しかし質問をしづらくて、やるべき事が曖昧なまま見当違いの方向で努力してしまい、後で怒られたこともあるのではないでしょうか。
率直に意見を言うこと、質問をすることが、状況や立場にとっては、とても難しかったことが思い出せるでしょう。
チームの一人一人が率直に意見を言い、質問をしても安全だと感じられる状況、つまり心理的安全な状況をつくることは、実は難しいのです。
そして、この人々が率直に話せる状況を作ることが、激しく変化し続ける時代における組織とチームの未来をつくるために、重要な仕事なのです。
さまざまな研究が、この心理的安全性によって、効果的な組織・チームが作れることを示しています。
Googleによって知れ渡った「心理的安全性」
Googleは2012年に立ち上げたプロジェクト・アリストテレスの中で、4年の歳月をかけ「効率的なチームは、どのようなチームか」を調査・分析しました。
Googleのリサーチチームが見出したのは、真に重要なのは「誰がチームのメンバーであるか」よりも「チームがどのように協力しているか」だということでした。
そして、さまざまな協力の仕方がある中で圧倒的に重要なのが「心理的安全性」であり、心理的安全なチームは離職率が低く、収益性が高いと結論づけています。
ビジネスの世界にこの治験を広めたのはGoogleですが、もちろんGoogleだけの話ではありません。
米国組織行動学会をはじめとして、さまざまな学会誌にチームの心理的安全性の研究成果が発表されています。
20年以上のチームの心理的安全性研究の結果、「業績向上に寄与する」「イノベーションやプロセス改善が起きやすくなる」「意思決定の質が上がる」「情報・知識が共有されやすくなる」「チームの学習が促進される」と、ビジネスにおいて有効であるという証拠が次々と報告されています。
ビジネスだけではありません。
命を救うために一刻一秒を争う医療現場、新生児集中治療室の研究においても、「心理的安全な医療チームは、やり方への習熟が早く、手術の成功率が高い」という成果が示されています。
医療現場の例でもわかるように、心理的安全性は「余裕があって、安定しているチームだから、はじめて導入できるもの」ではありません。
むしろ、私たちがいま現在直面しているような、激しい環境変化が巻き起こり、変化しないといけないような、余裕の無いチームが効果的に活動するためにこそ重要なのです。
危機の時代こそ「心理的安全性」が必要
2019年末に発生した新型コロナウイルス(COVID-19)は、わずか数ヶ月のうちに中国をはじめとして、世界中に広がりました。
多くの国々で都市封鎖・外出自粛要請が行われ、世界中の人々の移動が止まり、甚大な影響を受けました。
日本でも緊急事態宣言が発令され、数ヶ月前には誰も予測のできなかった変化が押し寄せました。
そんなVUCAとも言われる、複雑で不確実な、先の見えない・変化の激しい時代を、すでに私たちは生きています。
このような、不確実性の高い、いわば「正解のない」世界において、私たちの組織やチームは、どう対応していけばよいのでしょうか。
まずは、正解が「ある」時代のことを考えてみましょう。
正解がある時代とは、過去の成功から未来の成功が予測できるような時代のことです。
例えば、フォルクスワーゲン・タイプⅠ。通称「Beetle」とも呼ばれるこの車は、1938年に製造され、改良が加えられながらも2003年までの65年間生産が続けられ、2000万台以上が生産されました。
フォードのT型は、それより以前、1908年に販売され、その後約20年間、大きなモデルチェンジもないまま1500万台を生産しました。
このように「作れば、売れる」ような正解がある時代、あるいは正解が正解であり続ける期間にあっては、早く、安く、ミスなく正解につくれるチームが、優秀なチームでした。
一方、正解のない時代は、昨日までの正解が今日も正解であるとは限りません。
そのため、クイックに行動しながら「暫定的な正解」と模索すること、実験や挑戦をして、失敗から学ぶという姿勢が大事です。
そして、市場の変化の兆候をつかみ、自社組織ではまだ気づいていないが、市場ではすでに時代遅れになっている「過去の成功法則」から、解き放たれる必要があります。
これら、正解のあった時代と、正解のない時代とを比較すると次のような表のようになるでしょう。
このようなチームにあっては、マネジメントのスタイルも変わります。
このように「これまで」と「これから」、二つの時代を対比させることで、あらためて心理的安全性が低いチームは、挑戦や率直なディスカッションを抑制する、過去のパラダイムだと理解できるのではないでしょうか。
「これまで」の仕事が求められるチームはますます減っていきます。
世界の変化の速さと複雑さが「これから」の仕事の要求に拍車をかけるのです。
だからこそ、「挑戦・模索」からチームの学習を促進する、チームの心理的安全性の重要さが日に日に増しています。
筆者自身にとっても「よいチームをつくる」こと、「率直に話してもらう」ことは切実なテーマでした。
メンバーとしてだけではなく、実際に役員、事業部長、プロジェクトマネジャーとして、苦労をしたからです。
例えば、マネジメントしていた事業で大きなトラブルがあり、現場へ行って工場のメンバーやパートさんから生の情報を集めようとしたのですが、これがまったくうまくいきませんでした。
「石井さん、本当に申し訳ございません。今後はこのような事がないよう気をつけます」と謝罪はされるのですが、「どのように」トラブルが起きたのか、原因は話してもらえません。
解決に繋がる情報も得られず、クライアントへの報告期限を前に、顔が青くなる思いをしました。
今から思えば、彼らにとって、トラブルが起きて急に本社からやってきた私の前は「心理的安全性が低い」場だったのです。
心理的安全性を阻むのは「チームの歴史」です。
チームの背負った歴史が「関係性・カルチャー」に変わり、心理的安全性をつくる施策を阻むのです。
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