全身全霊。100パーセント全人格をかけて部下と向き合う
100パーセント全力で関与すること以外に人は変わらない
しっかりとした人間関係がない限り、その組織は機能をほとんど発揮しません。
人間関係というのは、先ほどの項で述べたように信頼関係と言い換えてもいいでしょう。
その第一歩であり、かつ永遠に大切にしなければならないことが、言行一致と首尾一貫というリーダーとしての誠実な姿勢だと言いました。
では、そういう姿勢を根底に持ったうえで、一人ひとりの部下と直接関わる時には、どの程度関わったらいいのでしょうか。
これはよく聞かれる質問です。
リーダーは、一人の上司として部下に関わる時には、部下に対して、その個人が納得するまで100パーセント全力で関与する。これ以外にありません。
どこまで関わるというのはないのです。
100パーセント全力でかかわる。
それ以外に人が変わる、本当に心が動かされるということはないのです。
表面上だけ付き合ってその人が変わるきっかけになるということは、人間関係においてありえないことです。
部下の立場に立って話を聞く
では、100パーセント全力で部下と向き合うというのは、具体的にどうすることなのでしょうか。
最も大切なことは、本当に相手のためを思って向き合うということです。
相手が、「ああ、この人は本当に自分のためを思って向き合ってくれているのだなあ」と思うのは、どういう向き合い方をしてくれる人ですか。
自分自身の経験を思い返してみてください。
どんな人でしたか。
そうです。部下である相手の立場に立って、相手の論理で、相手の感情で話を聞いてくれる人のはずです。
こうやって聞いてくれると、「ああ、この人だったら自分のことを分かってくれるかもしれない」と思えるようになってくるのです。
相手のペースで聞いてやらないと、物の見方とか、考え方とか感じ方とか、立場とか、経歴とか、性格とか感情的なこととかは、全部一人ずつ違います。
だから、全部違った、その一人ひとりの相手の立場で、相手の思考回路とか相手の感情回路に入っていって、それを共有しようとしない限り、相手は「本当に聞いてもらっているな」ということにはならないと思います。
そういった気持ちにならない限り、相手は納得しないと思いますし、どうせ言ったとしてもこの人には伝わらないな、というふうに思って、本当の気持ちを言ってくれないと思います。
部下のために必要なことを、自分の全てを総動員して考える
そして、そうやって聞いたら、部下を正面から受け止める。
それは、部下が言っていることを全部聞き入れてあげるということとは違います。
正面から受け止めるというのは、部下の話に対して、その人のためにどういうアドバイスをしてあげたら一番いいのかということを、自分の経験や知識や能力を総動員して考えて、意見をいってあげるということです。
考えていることが違うとか甘いというのであれば、違うとか甘いと言ってあげなくてはいけないかもしれないし、違う視点を与えてあげることが必要であれば、何か違う視点をヒントとして言ってあげることかもしれません。
共感してあげたり、一緒に悩んであげることかもしれません。
正解は百人いれば百通りあります。
その百通りを本気になって考えるということです。
部下というのは敏感です。
本当に自分のことを思ってやっているのか、ただ単に上司という立場でやっているのか、完全に見破ります。
ところが、何ごとも論理で、「論理的に考えると、これはこうだからこうでしょ。だからこうしてください、だから納得してください」みたいな人がいます。
これで上司として部下に向き合ったつもりになっている人。
相手の論理だったらよいのですが、全部自分の論理、自分のペース。
それを崩さない。
それで上司としての自分の役割は済みました、きちんとやっていますという人。
なかには、部下の言い分に対して、論理で勝った、みたいなことで内心喜んでいる人。
部下に勝ってどうするのでしょうか。
上司が自己満足することに経営的な意味はありません。
部下の心を動かす、部下を変えていくのが上司の役割です。
ところが、人間はそう簡単には心動かない。
上司の論理を聞かされたところで、素直にその人のことを受け入れる感情にはならない。
受け入れてもらうためには、「この人は自分のこととか、自分の感情とか、そういったものを理解してくれる人だ」というふうに思ってもらうことが欠かせないのです。
そのためには、相手の立場で相手の思考回路とか相手の感情回路に入っていくということの実践しかないのです。
想像してみてください。
これをやろうとしたら、相当なエネルギーが必要だということが容易に思い描けませんか。
30パーセントや40パーセントのエネルギーを使ってできるようなことではありません。
100パーセントのエネルギーを使わないとできないはずです。
それを、30パーセントや40パーセントのエネルギーでやろうとする。
だから部下との信頼関係作りがうまくいかない、あるいは失敗するのです。
100パーセント集中して、100パーセントのエネルギーを使わない限り成功しないものは、100パーセント使うしかないのです。
だから全身全霊なのです。
鬼となり仏となる
さて、もう一つ重要な話をします。
それは、本当に相手のためを思うならば、リーダーは「鬼となり仏となる」ということの実践も大切だということです。
部下の未来を明るくするのがリーダーの仕事です。
ですからその人の未来のことを考えたら、ある仕事ができるようになるまで鬼となって指導することも大切です。
そこでさももの分かりとく振る舞って「それくらいできなくてもいいよ」などとやっていたら、その場は丸く収まるかもしれませんが、その人の未来をかえって暗くしてしまいます。
基準が低いところで満足していたら、容赦なく「失敗です」と言う鬼になることも必要です。
一つの達成で終わらせずに、どんどん要求をしていくという鬼になることも必要です。
そうしないと、チームとしての成果が上がらないし、成果が上がらなければ未来が暗くなり、未来がなくなっていくからです。
その時大切なことは、その部下が気に入らないからやっているのではない、感情にまかせて気分でやっているのではない、そうではなくて、本当にあなたの未来を明るくしたいからやっているのだという心を持ちながらやるということです。
いちいち言葉に出してやることではありません。
しかし、その心が真正直にあれば、伝わるはずです。
すぐには伝わらなくて「こんちくしょう」と思われるかもしれませんが、いつかは伝わるはずです。
そうは言いながらも、確かに現実は、全員にそれが伝わらないこともあります、
しかし、送信じて、やるということです。
感謝の言葉はかえってこないかもしれませんが、そんなこと欲しさにやるものではないということです。
なくてもいいではないですか。
自分が鬼になったことで部下の未来が明るくなってくれさえすれば。
大切なことはリーダーの自己満足ではなく部下の未来なのですから。
一方、「鬼」だけでは部下はついてきませんし、成長もしません。
ですから、よい仕事をした時や、前と比べて成長したなと思った時は、「仏」となって、きちんと誉めてあげる、評価してあげることが大切です。
それがあってはじめて、鬼にしごかれて頑張った自分への報いを感じますし、鬼になってしごいてくれたリーダーの本当の心も理解してくれることでしょう。
また、仏というのは、誉めたり、評価をしてあげることだけではありません。
部下の体調や家庭の事情などを気遣う、そういった心配りも仏の顔の一つです。
日頃は鬼で厳しいけれど、部下のそうしたことにもきちんと気を配ってくれている。
そういうリーダーにこそ、部下は「期待にこたえよう」という意欲が湧いてくるものだと思います。
リーダーとして成功しようと思ったら、相手の痛みとか、人間とはこういうものだ、一緒に仕事をするというのはこういうことだということを、上になればなるほど、体得していく必要があります。
一緒に仕事をするというのは、表面的なことでは本当に歯が立たないのです。
このことは、頭で分かるのではなく、実践を通じた体得が必要です。
部下に対する関係性はリアルしかないのですから、理論だけ分かっていても、実行されないと、全く意味がありません。
ですから体得なのです。
ここで伝えたかったことが、体として自然と動いてしまう。
習慣になっている。
そんな状態になるまで実践し、自問自答し、また実践し・・・・・をぜひ繰り返していってほしいと思います。
経営者になるためのノート
柳井正 株式会社PHP研究所 2015
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